2011年08月

2011年08月14日

夏は暑くて嫌いなんだけど、お盆とか原爆とか終戦日とか、なんだか他の季節よりも沁々してしまう時間が多い気がする。

眩しい太陽も、白い雲も、茂る緑も、なんとなく悲しいというか切ないというか、なんだか胸にきゅ~っとくる色に見える時がある。

一番日本の文化を感じる時だからってのもあるかな。

簾や畳や蚊取り線香、スイカにきゅうり、お祭り浴衣、ひぐらしの鳴き声。
一番日本の文化が良いなぁって実感する時期でもある。

「きっと昔の人も、同じ音を聞きながら、この空気を感じたのかなぁ~」

なんて、過去に思いを馳せる時がある。

でもやっぱり、最初に書いたような、けして心穏やかなばかりではないから、夏はどこかもの悲しい。



お盆、毎年(お墓参り自体はけっこう頻繁だけど)祖父のお墓参りに行く。

今でも涙が出るんだなぁ…。

「おじいちゃん、私は~しましたよ」とか、挨拶するたびに、流れる時を感じる。

誰もみんな永遠に同じ時を過ごすことは出来ないのだけれど、こうして人がいなくなるのを生々しく実感するのだ。


お盆になると祖母が以前話した祖父の話を思い出す。

祖父は特攻隊として死にゆく人だったと。

なんという奇跡か、いざ参ります、という時に終戦の報告が来たそうだ。

祖父は終戦を飛行機の中で聞いたのだ。

あぁ、良かった。数秒か数分か数時間か、それが遅かったら祖父は死んでいた。

私はおろか、母も生まれてなかった。

だけども当時誇り高い海軍だった祖父に対して、死ななくて良かったねなんては言えなかった。

祖父にとって、その時聞いた終戦の言葉はどんなものだったろう。

生まれた時から平和に平和教育で育った私には解らないくらい複雑な気持ちだと思う。

きっと祖父に別れを告げて特攻隊として散った仲間がいたはずだ。



祖父は戦時中のことなんて一言も話さなかった。

でも祖父にとっての戦争って、そういうことだったんだろうと今思う。

話すための言葉にするのって、とても難しいもの。


ただ、祖父はずっと部屋に分厚い辞典のような海軍軍記と軍服を着た写真を置いてた。
ズラリと並んだ海軍の文字は、いなくなった今もそのまま祖母が並べている。

葬式の時には海軍仲間が駆けつけ、棺の中には私は写真でしか見たことのない海軍の帽子を祖母は入れたそうだ。最後は海軍の頃のものか、日の丸の旗に仲間が寄せ書きをして棺に掛けて見送られた。

なんて誇りの高さかと思った。
何も言わなかった、あの穏やかな祖父は軍人として逝ったのだ。

祖父は桜満開の4月に亡くなった。
命日には、これみよがしに桜が満開になる。あぁ、敵わないなぁって思う。



祖母はたまに、「おじちゃんはどうしようもない面があったのよ。悲しくなるときもあったわ」と言うが、誰より好きだったのは、その愚痴ものろけ話に聞こえるから。

母が「おじちゃんは厳しかった。軍人語録が多くてね。」と話すのは、祖父がずっと捨てなかった軍人魂の現れ。

中でも、『なせば成る。なさねば成らぬ何事も。成らぬは人のなさぬなりけり。』
という言葉を母はよく聞かされたそうだ。



なんの因果か、その言葉を生んだ上杉鷹山公の地、山形に今私は嫁いだ。

どうやらこの言葉からは離れられないようである。

本当に祖父には敵わない。


さて、今年もギラギラした日射しの中、私は山形から祖父のお墓に向かってる。

また次に祖父の血を継ぐ新しい命と一緒に。

大きくなったお腹を墓石にポヨポヨ当ててきて、ちょっと祖父を動揺させてやろうかと計画している。


軍人であれとは言わないけど、女の子でも男の子でも、祖父の誇りを知って育って欲しいと思う。悲しみも喜びもしっかり享受して欲しいと思う。
さんな思いを馳せる今年の夏。


drecom_ko_hi_noki at 08:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年08月05日

愚痴三昧だからねっ

さて、マタニティーブルーの中のさらにディープブルーまで落ちた日からしばらくです。

ブルーは青空にはなってませんが、なんとなく水面は見える位置には浮上してきたような…

たまに体が軽くなった時、水面に出て呼吸します。


5ヶ月にもなりお腹もポコリンしてきて苦しいけど、気分が良いときは泳げます。


ヌボ~ン

ポコポコ

気持ちいいなぁ~

ってジュゴンになりたい気分です。


しかしストレスの爆発はやはりやって来る。
先日義母が目の手術をしました。

しばらく安静なので、家事はなるべく私です。

いや、結婚すりゃあ家事するのが当然だけどね、これが意外と大変。

まず、一人暮らしから5人暮らしへ、料理の分量がわからないこと。

あと生活リズムがバラバラなこと。
私:朝8時過ぎ出勤。夕方6時30分過ぎ帰宅。
旦那:朝7時。夕方は私よりちょい早め。
義両親:朝は旦那に合わせる。でも自営なので基本的に家。夕飯5時半が基準。
義弟:朝も夜も遅い。出勤帰宅とも謎


そもそも洗濯が朝イチの家なので5時前起床。
通常洗濯をまず1回。
大工の旦那さんの作業着やらの汚れものを2回目に。

その間に6時に始まる朝食と6時完成のお弁当を作る。

ぶっちゃけ弁当は旦那さんは7時出勤だから7時前まででいいだろって思ってる。私なんか8時過ぎだし。出勤時点ですでに作って2時間以上たってんだぜ…。

面倒くさい悪しき慣習だと思ってる(-_-#)

廃止したい。(本音)


で、6時半頃には私も旦那との朝食を終えて、7時前後には洗濯物干し完了。

旦那見送って、しばし1人の時間と出社準備。


体調はすぐれないし少し横になりたいんだけど、横になるのは20分ほど。

パタパタと準備して出発。


たまに、同居じゃなけりゃ、もう少し気分的なとこが楽なんじゃないかって思う。

朝から気遣って、本当ならもっと甘えられる旦那さんにも甘える暇なし。

朝だって頭痛やら目眩やらツラい時あるけど、じゃ他に誰かやってくれるかって言ったらそうじゃない。

義母もこうしてきたんだって、今日もベッドを出た。

そんな裏で、二人だけだったら「今日はゴメン」って、甘えられるんじゃないかなって思ってる。



昨夜、「早く(仕事)次の人決まらないかなぁ~」

って旦那にぼやいたら
「やめたいのがぁ?」

って言われた。

「そういうわけじゃないけどさっ」

「稼げるだけ稼いだ方がいいべした」

「そりゃそうなんだけどぉっ」


そりゃあそうなんだけどっ、くっそ、わからねぇかなぁこの複雑な気持ちがよぉっ!

本当は昼間も安静にしてなきゃならない義母が、日中の家事やってて、妊婦はダルい体押して朝から晩までストレスためてんだよ。

私が家にいたら義母のやってること全部やってあげられるし、私は家と会社のダブルストレスはなくなるんだよ。

しかもツラくなったら好きに横にもなれるし。

複雑なんだよ嫁の気持ちはっ!しかも妊娠してると!

夫婦としてだけなら稼げるに越したことないけど、夫婦でありこの家の嫁なんだよっ!



やっぱり男はわからんのだそのへんは。

当たり前に家事やってもらって、稼げばいいんだもん。

私は今どっちもなの!
嫁として家事しなきゃならんし、夫婦を思えば稼がなきゃならん!

旦那と旦那の親からの希望が両肩にのってんだよ。

私が平気な顔してるから、とにかく妊娠Happy!って雰囲気で過ごしてるから全く逆のこともあるってわからないでしょ。


でもね、家があって今こうやって過ごせることに、旦那家族みんなに感謝してるんだよ。

だから、ツラいから、ダルいから会社辞めたいとか、嫌だとか、休みたいから実家帰らせてとかって、気楽に言えないよ。

いさせてもらえてるだけ、私はこの家のリズムに合わせるし順応していこうって頑張ってるんよ。

でもさ、せめて二人っきりの時たまには弱音吐かせてよ。家族じゃなくて、たまには夫婦やらせてよ。甘えさせてよ。

そう思わなくても、うんうん、そうだねって、それだけで楽なんだから。


って、直接全部口に出して言えたら、それは私の私という人間革命の時だと思う。


drecom_ko_hi_noki at 12:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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